自分らしい働き方、仕事、肩書きを見つけたら、私はもっと生きやすくなると思っていた。
そのために、自由に生きていそうな人たちの話を聞いたし、お金を払って教材を買ったり、ワークをしたり、セミナーに行ったりした。
2016年〜2020年ごろの私は、パソコン1台で仕事ができるようになったら幸せになると思ってた。
結果、2020年に、パソコン1台で仕事ができるようになった。個人事業主になった。これで全部のストレスがなくなる、最高な人生を生きられると本気で思ってた。(ソンナワケアルカ-)
東京から長崎のシェアハウスに引っ越した。そこから五島に移住した。コロナ禍だったけど、毎日海に行ったり、山に出かけたりして楽しく過ごした。最初の1年は。
2年目、3年目になってくると、自分のやりたいことがわからなくなった。五島での生活は美しい自然がたくさんあるし、友達もできたし、最高に楽しい。でも、何か、このままではダメな気がする。
2023年になり、コロナが落ち着き、また普通に海外へ行けるようになった。念願のチェンマイと五島を行き来する生活をした。
「海外に行けば、特別な自分になれる」と思っていた。私が特別じゃないのは、海外に行けなかったからだ。と思っていた。
幻想すぎた。
チェンマイと五島を行き来しても、何者にもなれず、特別にもならない。焦りは大きくなり、自責の声が止まらなくなり、朝起きられなくなり、仕事がまともに進まなくなった。
個人事業主にとって致命的だった。
仕事が悪いと思った。もっと自分に合う仕事をしたら、楽しく生活できると思った。いろんなワークをした。占いもした。スピリチュアルにハマった。(オワリデス)
朝起きられないのも、眠たくて仕方がないのも、仕事が進まないのも、毎日暗い気持ちになるのも、いわゆる「使命(?)」とか言われているものが見つかれば解決する、と思ってた。(ソンナワケアルカ-)
自分の「使命(?)」を見つけるには、「インナーチャイルド(?)」を「癒して(?)」、「ハイヤーセルフ(?)」の声を聞けるようになったらいいんだ、とか思ってたし
「ハイヤーセルフ(?)」からメッセージをもらうために、オラクルカードをたくさん買ったし
自分の「使命(?)」を知るためにホロスコープ(生まれた時の星の配置)を読んでもらったりした。私って特別!と思えて気持ちよかった。
でも、現実はなんっっっにも変わらなかった。
わけのわからない言葉を使って、わかった気になって、気持ちよくなって、一瞬解決した気になるだけ。
自分を責める声は止まらないし、ずっと気持ちはしんどいし、体は動かないまま。焦る気持ちもなくならない。
パソコン1台で生活できるようになったら、悩みは全てなくなると思ってたけど、全然違った。自由に海外と日本をフラフラできたら、人生がキラキラして最高な自分になると思ってたけど、全然違った。
ずっと焦ってる。ずっと不安。ずっと自分を責めてる。
現実を変えてくれたのは、生活習慣と、身体のメンテナンスだった。
うん、シンプルに身体が限界だった!w
2024年に結婚して、九州の田舎に引っ越した。他人(配偶者)との共同生活が始まった。主人の実家の近くに住み始めた。農家の嫁になった。
「九州の田舎」「農家の嫁」「実家の近く」
今までの私は、こんな場所で楽しく過ごせるはずがないと思っていた。いびられ、孤立し、ストレスが増えるのでは、と不安だった。
結婚してもうすぐ2年。今のところ、一切のストレスはない。むしろ、全部良かった。実家が近い安心感たるや。食べるものを自分たちで育てる安心感たるや。心を許せる相手と生活する安心感たるや。
一人で暮らしていたときは、毎日シャワー生活、外食、昼夜逆転、運動しない。これでメンタル病まんやつおらんやろ。という生活。
共同生活になってからは、朝日を浴びて目覚め、山の水を汲み、育てた野菜をいただき、毎日温かい湯船に浸かって、23時に眠る。
焦り、不安がどんどんなくなっていくのを感じた。
そして、興味本位で鍼治療にも通った。初診で「めちゃくちゃ身体悪いですね」と言われた。びっくりした。自分は元気だと思ってた。(ナンデ?)
鍼治療を受けて、みるみる自分を責める言葉が減っていった。朝起きられるようになった。
今は長期で海外に行くことはできないし、キレイな海も近くにないし、地味で普通の日常を送っているけれど、以前感じていたような不安がなくなった。焦らなくなった。自分を責めなくなった。ツラくなくなった。
旅をしていたときに感じた、ブチ上がるような「幸せ!」「最高!」という感覚はないけれど、じわ〜っと広がるような温かい「いいなあ」という感覚がある。
「好きなことをして生きる」とか「やりたいことをして生きる」とか、そういう言葉がすごく魅力的に感じていたし、世界を旅したり、良いホテルに泊まったり、豪華なパーティーをする人たちをSNSで見て、なんとなく「これをしたら幸せなのか〜」と思って、そんな生活を目指していたけど、私は違ったみたい!w
世界を旅する憧れはあるし、いいホテルには泊まりたいし、キラキラした服装でパーティーやらに行ってみたいけど、それを日常にしたいわけではなかった。
私は、ただ、大安心して生きたい。
そして「あ〜この世界は大安心だった!」と思って死にたい。
前は、たくさん冒険して、チャレンジして、ワクワクして生きたい!と思ってたけど。この生き方は、私にとっては負担だった、疲れる。不安が大きくなる。
「安心」という土台がないと、不安をワクワクだと勘違いする。無謀な行動をチャレンジだ冒険だと勘違いする。
そんな行動を繰り繰り返すと、焦りや不安や自責がどんどん大きくなって動けなくなる。以前の私です。
「安心」の土台を作るために必要なのが、巡りの良い身体と、意識の手綱。この2つの両輪があって健やかな安心が作られる。
この2つがないと、人はどんどん自分がわからなくなる。不安になる。自分の不安な気持ちは「何かが足りないから」と思い始める。自分の不安を埋めてくれる「何か」を自分の外側に探し始める。
いろんなワークも不安の中でやると、出てくるものは不安。自分が好きなことも、実は不安を埋められると思っているから好きだと勘違いしていることが多い。
埋めても埋めても、また不安な現実が作られる。
「安心」も「不安」も感じるもの。
感じているのは自分の身体。
感覚が湧き上がる身体
その感覚を自覚できる意識
この2つが健やかになると、人は安心できる。
安心すると、不安を埋める行動をしなくなる。
安心しながら選ぶ行動は、また安心する現実を作る。
27歳の自分が理想としていた10年後と、今の自分があまりにも違って、27歳の自分に「10年後、こんなんやで」と今を見せたら、たいそうガッカリするはず。
「もっとキラキラした場所に住んで、バーキンとか持って、ビジネスクラスとか乗って、リッツカールトンに泊まっててほしかった!!」とか言うと思う。w
これで私は特別になって、人から好かれて、ひとりぼっちじゃなくなる、と思ってた。孤独になる不安を埋めようとしてた。
でも、「お金がたくさんある状態」は、今の日常を大切にした結果。不安を埋めるために欲しいとか思ってるうちは手に入らないんだと思う。だから、この夢は一旦忘れることにした。
安心して生きてたら、いつか手に入ると思うんだよな〜(全然諦めてない)
とにかく、こんなに毎日、安心して暮らせる日々がくると思っていなかった。まだ自分を責めるヤツが脳内に現れたり、謎の不安が込み上げてくるときがあるけど、飲み込まれなくなった。
ちゃんと今にとどまりながら、湧き上がってくるものを感じられるようになった。しっかり感じると、小さくなっていく(変化するのがわかる)。目を逸らすからどんどん大きくなるんだよね。
よし、洗濯物を回して、散歩して、仕事をしよう。平凡な日常を安心して生きよう。
では〜!

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