私は職場の人間関係で悩んだことがない。
人間関係がこじれる原因はシンプルで、妄想と現実を一緒にしてしまうから。
“実際に言われたこと/とられた行動”
と
“自分が認識したこと/感じたこと”
これを一緒にして解釈すると
どんどん自分の妄想が濃くなり
想像以上に良い人だと思ったり
想像以上に嫌なヤツだと思ったりする。
自分が思ってたのと違う!
普通ならこうするだろ!
と思ったとき、人間関係はこじれはじめる。
私は看護師を10年間していた。
最初は急性期病院で働いた。
右も左もわからず、ピヨピヨの仕事ができない新人だった。
自分なりに必死だったけど、「イケてないなあ〜」と思われていたと思う。
”「イケてないなあ〜」と思われていたと思う”
これが妄想。
実際に「あなたイケてないね」「仕事できないね」と直接言われたことはない。ただ、私がそうだろうな、と思っている。
新人看護師のとき、本当に先輩たちがこわかった。
直接、ひどい言葉を言われたり、無視されるようなことは1度もなかったけれど、ずっと緊張していた。私はダメな新人だ、と思っていた。
実際、たくさんミスをした。(患者さんに大きな被害が発生しないもの)
自分をダメな新人だ、と思うと先輩たちが怖く見えてくる。
陰で悪口を言われているかもしれない、「アイツはダメだ」と思われているかもしれない、嫌われているかもしれない。
そう思いはじめると「かもしれない」の証拠を見つけ始めようとする。
「この言い方はきっと私のことが嫌いだからだ」
など、実際に起こった出来事を、自分の「かもしれない」メガネをつけて解釈しはじめる。
考えれば考えるほど苦しくなる。
「うわあああ!!!!」となりそうな時、
「でも、直接イヤなことは言われてないし、無視もされてない。わからないことを考えるのはやめよう」と、ふと、思った。
そこから人間関係がとてもラクになった。
先輩には緊張するし、怖いと思う先輩ももちろんいたけど、直接見たり、聞いたりしたことだけ考えることにした。
めちゃくちゃ怖い先輩が1人いた。隣に座ってカルテを打っているだけで頭が真っ白になるくらい緊張する怖い先輩。w
“怖い”先輩というのも、当時の私のフィルター。
事実は”先輩”、それだけ。
何か業務をフォローしてもらったとき、お礼を言ったら、大体の人が「いいよ〜」と言ってくれるのに、その先輩の返答は「はい」だった。それがめちゃくちゃ怖かった。
今だったら、機嫌が悪かったんだ、と思うし、それは私のせいではないとハッキリわかる。
でも、当時の私は、新人で仕事ができないから、先輩の機嫌が悪いのだと思っていた。(ソンナワケアルカー)
そして、仕事ができないから嫌われているとも思っていた。だから、休憩室のときは目を合わせなかったし、休憩室でその先輩がみんなと話しているときも一切のリアクションをしなかった。
リアクションすることが烏滸がましいと思っていた。会話に入ったら失礼だ、嫌われているのだから。と思っていた。
今思えば謎思考すぎる。全部妄想。
でも、事実と妄想を分けて考えると、普通にリアクションできるようになった。会話に割って入ることはないけど、みんなと同じように相槌をうつ、笑う。
そしたら、どんどん先輩が優しくなった。キツイと感じる言葉が少なくなった。
敵だ、嫌なヤツだ、と思うのは自分の妄想のときが多い。事実と解釈を分けて考えると、自分の妄想だったな、と思える。
でも、「悲しい」「こわい」「嫌な気持ち」という瞬間的に湧き上がってきた自分の感情も事実。
感情の取り扱い方は
悲しい、と感じるだけ。
嫌だなあ、と感じるだけ。
その時の身体の感覚をただ感じる。
「明日も一緒なのか」「あの人には言わないのにな」「なんで私だけ」「私のことが嫌いなんだ」これは妄想。
妄想を始めるとどんどん感情が濃くなる。
感情を否定すると、どんどん自分が壊れる。
どっちにも振れない。あることをただ見る、感じる。
言われた言葉、とられた態度、その時湧き上がった自分の感情だけが事実。
実際に真正面から言われた言葉が傷つくものだったら、その人からは離れる。相手にしない。
人間関係が苦しくなる時、妄想と事実をぐちゃぐちゃにして考えている。
事実と妄想をわける。
人との関係に違和感を感じるとき、これをいつも思い出してる。
さて、今日は山のお水を汲みにいってきます。
週1くらいでまとめて汲んで、料理とか飲み水に使ってる。
自然にあるものって何も拗らせてないよね。
人間がいらんことするから拗れる。
日本は山がたくさんあって、水が豊かでいい国だよね、しかも軟水。
すごい。大好き。
では〜!

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