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人生は「ちょっとだけ…」の積み重ね

最近私がよく目にするのは「わかることをやり続ける」ということ。

「仕組みを作る」とか「心地よさを大切にする」とか「成長曲線を理解する」とか「誰でもできることをやり続ける」とか「小さいステップにする」とか、言葉を変えて現れる。

でも、言ってることは同じだと思ってる。
「幸せになるにはわかることをやり続けろ」ということ。

本当によく目にする。そうだよねえ、と思う。前だったら、地味であんまりピンとこない言葉たちだった。

もっと自分を劇的に変えてくれる魔法があると思ってた。私がお金を稼げないのは何か秘密の方法を知らないからだ、と思ってた。

うん、その思考が原因だった。

魔法は、ない。
秘密も、ない。

できるようになるまで、やる。
どれだけ結果が出なくても、やり続ける。
正しい方法で、やり続ける。

その「正しい方法」というのは、「自分がわかることをやる」ということ。

「自分の手の届く範囲でやる」ということ。
自分の手が届く範囲を快適にする。綺麗にする。整える。

それを、ただただ続ける。

自分の手の届く範囲に”意識を向ける”ということでもある。

身体はどうか。
毎日暮らす家はどうか。
お布団は綺麗か。
床は汚れていないか。
目に入れる情報、
口に入れるもの、
肌に触れるもの。
朝一番に考えること、
自分自身にかける言葉。

これを美しく、丁寧に、整える。
心地よいものにしていく。

この中に、不快なもの、汚れているものがあれば取り除く。

これを繰り返す。
幸せに生きるために、良い人生にするために、やることはとってもシンプルなのだ。

なぜそれができないかというと、注意して今を見ていないからだ。不快なもの、汚れているものが当たり前になってしまっているのだ。だから、気付けない。

私の場合はSNS。当たり前に触りすぎて気付かなかった。朝一番にSNSを開くか開かないかで、1日にできる仕事の量が変わる。1日の思考パターンも変わる。

最近、自分を観ていてこれがよくわかる。世界の見え方が変わるのだ。

朝にSNSを開いたときは、世界が競争する場所に思える。今のままではダメだ、新しい何かをしないといけない。不安になる。もっと情報が欲しくなる。さらに画面を見る時間が増える。

午前中にスマホを触らないでいると、今やるべきことに集中できる。自ら土俵を作って相撲をしない。「あ〜やりたくないよお〜」という頭の声が聞こえてきても、「はいはい、とりあえずこれだけやろうね」と言える。

朝ご飯が美味しいし、寝る前に「立派に生きた・・・!」と思える。これを積み重ねることが幸せ、豊かさ、なのだと思う。

自分の気分をジロジロ観察したら、この違いがハッキリわかって「やっぱり辞めよう」と思えた。午前中はスマホを触らない方がいいね。

一見とっても地味なのだ。スマホを触っても触らなくても、そんなに変わらなさそうでしょ。何かすごいことをやってる気がしない。でも、この積み重ねがどうやらキモらしい。

他にも、お風呂に浸かること、散歩にいくこと、朝手作りのお味噌汁を飲むこと。これも本当に地味だけど、メンタルの健やかさが全然違う。続けないとわからない。でも、続けるからわかる。

あとは、思考。自分自身にかける言葉。これは私にとって最後の難関。ぴったり自分とくっついていて、なかなか気付けない。まだまだ「私なんて・・・」というやつがいる。

でも、心地よい行動・環境整備を続けていたら、この思考に自然と違和感を感じるようになる。「お前誰?」と思える。

わからないことをやろうとするか不安になる。
わからない何かを知ろうとするから不安になる。

わかることだけやる。
わかることをやり続ける。
何度も、何度も、心地よくなるまで、続ける。

自分を不快にさせるものを取り除く。
気付くためには身体に意識を向ける、自分が今どんな感じなのか知っておく。これが大切だなあ、と思う。

そんな今日は朝からスマホを触ってしまいSNS三昧の1日でございました。わはは 

この小さな悪癖も、小さな良い習慣も、続ければいつか大きい実になりますからね。人生「ちょっとだけ…」の積み重ねですから。そういうことです(?)
自戒を込めて!!!!!!!!!

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