今、私はある人からビジネスを教わっている。
その人は、「自分が癒されると他の人も癒される」という。最初はよくわからなかった。でも、「わからないものはわからないままにしておく」とも言っている。ふーん。そうなんだ。わからないままでいいんだ。
そういうものなんだな、と日々を過ごした。今、その意味がなんとなくわかり始めた。癒えた人の話をきくと癒される。全然私と関係ない話でも、その人の”ほんとう”の気持ちが書かれた文章を読むと、硬く結ばれていたものが、ゆるりとほぐれるような感覚になる。
その文章には自分の生活のためになることが書かれているわけでも、問題が解決する方法が書いているわけでもない。ただ、日々の生活の当たり前にある風景、何気ないやりとりそこから生まれる気持ち、それを読ませてもらうだけで、何かが緩んでいく。
胸のあたりがふわっと温かくなり、口が緩む。その人のピュアな100%に触れるだけで、こんなに良い気分になるのだ、と思った。こういうことかぁ、と思った。
歪みのない癒された人の文章は癒されるのだ。なぜかじんわり心に残るのだ。一緒にビジネスを勉強している仲間の文章でそれを教えてもらっている。仲間といっても、直接言葉を交わしたことはないのだけれど。勝手に仲間だと思っている。みんな頑張ってる、私も頑張ろう、と思う。
自分の商品を100%にすること、売り方を100%にすること。この2つだけをやる。他人が100%だ、と思うのではなく、自分が100%だと思うことだけやる。なぜなら、全て私だから。これ以外をすると、自分のビジネスではなくなってしまう。これが今、教えてもらっていること。不純物が少なければ少ないほど、ちゃんと自分で生きていけるのだ。
シンプルだけど、シンプルだからこそ、難しい。いろんなことをしたくなる。これでは足りないかな、これだとかっこよくないよね。と”ほんとう”の私と離れることをしたくなる。
役にたつことを伝える方法、人の注意を引く方法、数字の伸ばし方。つい見てしまう動画を作れる人はカッコいいな、と思う。たくさんの人に見られてすごいな、と思う。
でも、人を癒すのは、かっこつけない、なんでもない、ただの日常なのだな、と思った。私はまだまだカッコつけたい。なんかスゴイって思われたい。笑
どこまでピュアな自分で在れるだろうか。どこまで当たり前の日常、何気ないやりとりを文章にしていけるだろうか。そんなことを思っていました。
今日は髪の毛を染めたり切ったりして、全っっ然仕事が進まなかったなあ。
美容室で「花とお金」という本を読み返したりしてた。私はこの著者の方からビジネスを学んでいます。須王フローラさん。かっこよくて優しくて強くてしなやか。
ずっと繰り返し、話を聞ける。何回同じことを聞いても飽きない、言葉は同じなのに、繰り返す度に違う発見がある。この言葉が入ってくる私でよかった、きっと20代前半だったら意味がわからなかったと思う。今だからわかる。
学べる環境があってよかったな。嬉しいな。まとまりのない文章ですね。
今日はここまでにします。おやすみなさい。

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