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愛由来で行動するために「ゆるめる」

私は今、身体感覚を見る7日間の講座を作っている。

作りながら、なんでコレをするんだったっけ、と思うときがある。
もう少し言語化が必要そう。だから記事を書いてみる。

私はなんで身体の感覚を見ることを伝えたいのか。
どんな人に伝えたいのか。

踏ん張りが効かない、頑張りたいのに頑張れない、怠けていると自分を責める、そんな人に、それは意思が弱いからじゃないよ、身体が頑張りすぎているんだよ、と緩め方を伝えたい。

いろんな刺激に対して身体が「緊張ボタン」を連打しているから、ガチガチで踏ん張れない。「ゆるみ」がないとパワーを出せない。

どれもこれも「危険だ!」という世界から「大丈夫だ」という感覚がわかるトリガーを作りたい。

「大丈夫だ」と感じている状態じゃないと、自分が何をしたいのかわからない。とにかく大安心を感じられるきっかけを作りたい。

なぜ安心なのか。
大安心=愛
だと思うから。

「神との対話」という本では「人の行動は愛由来か不安由来かのどちらかだ」と断言している。

「神との対話」は”世界的ベストセラーで、宗教の枠を超えて多くの経営者や芸術家にも影響を与えた人生哲学の聖書”みたいな本

愛由来の行動は愛を増幅させ、不安由来の行動は不安を増幅させる、という。私は「愛からくる行動ってなんやねん??」と思っていた。

見返りを求めない、とか
相手のことを思って、とか??
どれもピンとこなかった。

自分なりに一番しっくりくる言葉が
「身体が安全を感じている状態で行動すること」
大安心だ、と感じてする行動。
これが愛由来の行動なのだと思う。
私はこれが一番しっくりくる。

身体が安心を感じているとはどういう状態か。
安心を感じる迷走神経が立ち上がっていること。

身体が「危険だ!」と反応する癖をゆるめて、安心を感じられる迷走神経スイッチを入れられるようなワークを作っている。

不安由来の行動の典型的なものは「自責」

私なんか…と思ったり、
自分はダメだと責めたり、
もっと頑張れと叩きまくる。

こういうとき、世界は敵だらけに見えている。
身体は固まる。
もっと不安になる。

不安由来の行動が不安を増幅させる。その苦しい反応の癖のループに風穴を開けたい。

身体がゆるめば、自分の思考の癖もゆるむ。そしたら、ピュアな自分の声を聴く余白ができる。

本当はこうしたい
本当はこれはしたくない

「本当は〇〇」という声。
これは緊張しているときには聞こえない。

「良くなれ!」
「変化しろ!」
「このままではダメだ!」
「もっともっと!」
という声にかき消されてしまう。

ゆるめるのは、日常でできる簡単なこともある。お風呂に浸かる、散歩に行く、歌う、掃除をする、SNSを見ない。

危険だ!と感じるものを排除して、安心を感じられる行動をする。その中で、身体の感覚を見ながらできたら、さらに身体の安心感は高まる。自責の癖をゆるめていける。

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そんなことを伝えたいし、みんなで一緒にやりたいんですよね。

「一緒にやる」というのもまた安心を感じることだったりするのです。

「安心」を体感するキッカケになる講座。身体感覚を見ることを通して「安心」を体感する。

体感したらその感覚は忘れないから離れてもいつでも思い出せる。

そんな感じです。
最後まで読んでくださりありがとうございます。

今日も立派に生きた!おやすみなさい〜!

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